愛する人また逢える日まで

明日があるとおもってた。突然くも膜下で亡くなった主人、また一緒になれたら。。そんな同じ思いを持つ人の明日へと繋がりますように。

去年の27日に。

去年の27日に書いたブログが

去年の今頃と表示されていた。





 生きがいのメッセージより

『私たちがあまり長く落ち込んでいたり

強い悲嘆から抜け出せずにいると

他界した人々を磁石のように

引き止めてしまい新しい生での

彼らの歩みを邪魔してしまうそうだ。


彼らは私たちの苦痛を救うという

義務も持っておりそれを果たさないと

先へ進むことができないのだ』



いつか必ず私たちも彼らに

再会できるということになる。


もう悲しまないでほしい。

どうか私たちなりの新しい生に

進ませてほしい。

いつの日かまた必ず一緒に

なれるのだから。


『地上に何年生きたかではなく

死は肉体を持つ生からの卒業。』


いつか再会できるのか。。。


悲しみにくれててもだめ。

前向いて進むしかない。。。


わかってはいるけど、普段人がいるときは

紛れるが一人になったりふとした

瞬間がまずい。。。



自分がこんな立場になり

これ以上悲しいことはないくらい落ちると

神経も身体も

麻痺して痛みすら感じなくなるのがわかる。


今日は毒を吐きます。。。



悲しみに浸ってばかりも

いられず仕事は再開している。


しかしそんなとき

「心配してたけど意外と元気そう」


という言葉が1番こたえる。。。



元気なわけないっ!と

いいたくなる。


でも笑ってごまかす自分がいる。


でも無理することはしないと決めた。


人は落ちようと思えば

とことん落ちることができる。

すると途端に体重は落ち、免疫は落ち、

様々な不調を訴え

余計に落ちる。。。



安定剤、睡眠導入剤、抗うつ剤の

お世話になるんだ。。。



そこまで落としたらこの

肉体が可愛そうですね。。。



先のことばかり考えて

不安になっても何も変わらない。

身体や精神が病んで滅びるだけ。


どんなことしててもどこにいてても

何食べても、いつか必ず死は訪れる。


人がこの世におりてくるときは

終わるときを自分で決めてくると。。。


しかしこの世に生まれ落ちた瞬間

その寿命などは忘れてしまうそうだ。



であればいつか迎えが来てもいいように

準備して死んだあと残る人が困らないように

整理して、与えられた命が喜ぶように

目一杯後悔のない時間を過ごしていこう。


そして自分の目の前にいてくれる

大切な人たちを笑顔にできるよう、

この世に何か成し遂げる課題をみつけ

それを来世にもちこさないように

きちんとお役に立てる努力をして

いつ死んでもおかしくないように

笑顔で生きていかないと。。。



亡き夫に

『よーがんばったなぁ!』

と褒めてもらえるように

頑張ること。


先に亡くなった主人や父や姪っ子たちが

まっててくれると信じて。

生き抜くしかない。。。」




一年前の11月がかなりきつかった。

1か月で10キロ痩せてしまい。


当時、

案外元気そうっていう言葉に

ショックでかなり落ち込んだときだ。



でもいまなら思える。



その人は意地悪を言いたくて

いったわけではない。



その人なりに言葉を選んで

かけてくれた言葉なんだと。。。



いまなら思える。。。

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