愛する人また逢える日まで

明日があるとおもってた。突然くも膜下で亡くなった主人、また一緒になれたら。。そんな同じ思いを持つ人の明日へと繋がりますように。

ただきてくれただけで。

いきなり亡くなってしまい、

まだいないことを受け入れられてない日々。



それでも日々過ぎていく時間。


Jがいつかはないって教えてもらったから

明日も必ず来るわけじゃないって

教えてくれたから。。


ならば全力で一分一秒無駄にしない

人生おくらなきゃ。。。



いつまでも泣いてばかりはいられない。


大阪の翌日は美容会議へ。。。


みんな待っててくれた。

みんな静かに優しく迎えてくれた。


だまって泣きながら

はぐしてくれた。


手紙かいてくれた。





『今日は会えただけで

良かった。

あの場所に来てくれて

本当にありがとう!

そこに

いてくれるだけで

元気になれる人や

パワーが出る人がいるんですよ。』



ありがたい言葉です。



私の方が

皆さんに元気もらってる。。。



まだまだ貴方のいる場所にいくには

修行が足りないみたいです。


徳をたくさん積んでる人は

迎えも早い。


私はまだまだ修行積んで

人様のお役に立つこと。



人は二回死ぬ。

一回は肉体の死。

二回目は忘れられた時。


そう。私はJを一生わすれられないほど

強烈なインパクトある死を経験した。



Jを忘れることなんて

できない。

それを風化させないよう

生きがいに変えていきる。



そう決めた。。。

Jの手作りコースター。

手彫りで友人の皮職人のところで

頑張って作ってたと。。。



涙が止まらない。、。

死後はじめてのメッセージ

10月8日。


Jは朝方5時前後に亡くなっている。


それ以来5時に必ず目が覚めてしまう。



朝起きると快晴!

昨日の雨がうそみたい。

ベランダからキラキラの太陽が。

思わず涙。


夢にでもでてきてほしいと願う日々。

でもわたしにはまったくでてきてくれない。


すると朝ライン。

生徒さんが声をきける人に

聞いてくれたようで。。。


『突然の事すぎて、御本人がまだ

状況を飲み込めず 現実を受け入れる事が

出来てない感じでした

奥様の名前を呼びながら

泣いてる映像が出てきました

なんで

ウソや

ごめん

いやや

ごめん

ごめん

ごめん

焦りと、恐怖と、後悔と…

ぐちゃぐちゃな感覚と共に

こんな感じの言葉がずっと

出てきました



座り込んでる 奥様の背中を

後ろから抱きしめて ごめんって

泣いてる映像が見えました


奥様の元へ行けたんだなって

思って寝ました…



キッチンでふと

私、無意識に歌を歌ってたの

それはサザンオールスターズの

『涙のキッス』のサビでした


涙ポロポロ流しながら…

自分が歌を歌ってる事に

気づいて 歌詞に意識を向けたの


涙のキッス もう一度

誰よりも愛してる

最後のキッスもう一度だけでも

君を胸に抱いて


その時ハッとしました…


日頃…歌うことなんて無い歌…

(男性の歌ですしね…)

そして、旦那様が出てきたのです

これ!!メッセージだって!!

間違いないって思って、

歌詞詳しく知らないから

ググりました…


最後の8行…

特に… 伝えたかった

メッセージだと思います


突然の事でお別れ出来なかったのかも

しれません…


メッセージ伝えたかったのだと思います


歌詞を見て本当にびっくりしました

今は本当に辛くて、悲しくて

光の見えない状態かもしれません


こんなに早く、最愛の人を

置いていく事。旦那様も辛くて

仕方ないと思います。

奥様と同じ気持ちだと思います


現実は時に残酷です

そんななか、最愛の奥様に

誰よりも愛してるよと

伝えたかったのだと思います


涙がでました…

愛する人との別れは本当に辛いものです

しかし愛は永遠ですね


お2人は繋がってるんだと思いました

お2人の愛は永遠なんだと感じました


これが、お通夜とお葬式の日に

私に起きた出来事です


今はもう、大丈夫です

心からご冥福をお祈り致します』


『私なりに旦那様に、

たくさんの光と愛を送りました。

今こそ、涙のキッスを思い出して

旦那様のこと考えてました


そしたら笑顔の顔に変わってたから

楽になったなぁと感じてました

別れに対しての切なさと、寂しさは

なかなか拭えないのと、

あとは奥様の事を心配されてますよね

これは罰でもなんでも無いのです

これは歌詞にもあったけど

運命(さだめ)だと思います


人は生まれて来る時に

人生の設計図を決めてきます

じんさんは、今回の人生は49歳で

亡くなるという事だったと思います

(自分が決めてきます…が

表面意識(顕在)ではもちろん

自覚してないのでパニックになりますけど)


亡くなると決まっていた前の3年間

大好きな人と共に幸せな時を

過ごすとなっていたのだと思いますが

そうなんだろうけど、

納得はなかなかできないと思います。


当事者は…特にですね

魂の仕組みを知れば…

そうなんですよね…」


歌が大好きだったJ。

Jらしいな。


でもやっぱり、声が聞きたい。

逢いたい。。。


サプライズって。。。

Jは若い頃BARを経営してたときがある。



阪神大震災のときがそう。


夜中に頭が痛くなり普通はオーナーである

自分だけが帰ればいいものを

その日はなぜかスタッフ、

そしてお客様も帰したそう。。。



その朝方に大震災。



BARのあったビルは後日みたら3階だった

テナントは隙間がたった30センチほど

だったそう。。。


あのとき助けられたんだよねきっと。



再会してからお客様や友人が来るときは

わたしの料理とJがつくるお酒で

おもてなし。。。



Jのつくるお酒は

どこのBARより断然美味しくて

次の日も残らなかった。



夏や晴れの日は

屋上のベランダでみんなで

レゲエ聴きながら、そして

神戸の夜景をみながらJIN BARと

名付けてひとときをすごすのが

楽しかったし名物だった。



亡くなる前もさらにバージョンアップ

するために後輩と一緒に

作り上げたかったJIN BAR。



『これを作り上げたら

自分もfacebookに顔だして

アップしていくねん!

そやからまだ内緒や。』


と張り切っていた。でもその仕上がりを

みることなく逝ってしまった。




ひさびさにベランダに出ると

目の前のビルの高さがうちより

低いことがわかる。


うちを超えるともうあの綺麗な

景色はなくなるかもと生前二人で

神様にお願いしていた。



思わず号泣。


『Jこの綺麗な景色まだみれるよ。

でも一緒に喜ぶJがいない。。。』


でもね、兄貴の夢を叶えたい!って

25年の付き合いの後輩の二人が

来てくれ続きをしてくれました。



こんなに後輩が慕ってくれてるよ。



亡くなった後に更にどれだけ

大きい人かがわかる。



そんな人の奥さんでいれて

ほんとに幸せです。